百沢温泉(ひゃくざわおんせん)

百沢温泉は、青森県弘前市大字百沢字寺沢、岩木山東南側山麓の岩木山神社近く、アップルロード沿いに在る温泉

「百沢温泉郷」公益社団法人青森県観光連盟提供

じゃらん 百沢温泉

楽天トラベル 百沢温泉

百沢温泉へのアクセス

鉄道経由 : JR東日本の奥羽本線弘前駅よりバスで約45分。

車:東北自動車道の大鰐弘前I.Cを下りて、R7~県道127号(アップルロード)~県道3号経由で45分。

百沢温泉の概要

百沢温泉は、青森県弘前市大字百沢字寺沢、岩木山東南側山麓のアップルロード沿いに在る温泉地です。岩木山神社(重要文化財(国指定)の神社で、別称、「お岩木さま」「お山」「奥日光」。旧社格は国幣小社で、津軽国一宮とされる。)は直ぐ近くに在ります。また岩木山の登山口(百沢登山口)にあたり、登山の基地としても利用されます。硫化水素泉の嶽温泉は西隣。温泉成分が濃く、湯口や湯船、浴室の床に析出物が大量に見られる個性的な温泉です。源泉掛け流し。六軒程の温泉旅館が在ります。岩木山百沢スキー場も近くです。

百沢温泉の泉質等と適応症

泉質等

ナトリウム・マグネシウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩泉(旧;含重炭酸土類-弱食塩泉)でph6.63。源泉は6本在り、湧出量700ℓ/min。源泉温度42~59℃。湯色は微褐色微懸濁、鉄臭有り、渋味微塩味。湯口と浴室床に薄茶色の析出物多。

適応症

浴用 神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩

百沢温泉 (ひゃくざわおんせん)

岩木山神社の近く、岩木山の登山口には、共同浴場的存在で会社名が温泉の「株式会社 百沢温泉」が在ります。泉質は、ナトリウム・マグネシウム・カルシウム-塩化物・炭酸水素塩泉でPH 6.63、源泉温度は45.3度。もともと「朝妻荘」という旅館だった施設を、1982年に同市のせんべい製造会社オーケー製菓が従業員の保養施設として買い取ったものです。1983年に地元住民の要望を受けて同社が運営会社百沢温泉を設立し公衆浴場として開業しました。

アプティネット(青森県観光情報サイト)によると、
住所 青森県弘前市大字百沢字寺沢290-9
TEL 0172-83-2226
日帰り入浴料金:大人(高校生以上) 300円、中学生 200円、小学生 150円、幼児 60円、3歳以下 無料
時間:8:00〜22:00
宿泊料金料金:素泊まり 4,150円~(入湯税込み)
です。

岩木山(いわきさん)

「志賀坊森林公園展望台からの岩木山」公益社団法人青森県観光連盟提供

岩木山は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する青森県の最高峰(標高1,625 m)で、日本百名山および新日本百名山に選定されています。その秀麗な山容から津軽富士とも呼ばれるほか、しばしば「お」をつけて「お岩木(山)」あるいは「お岩木様」とも呼ばれます。気象庁の常時観測火山に指定されています。円錐形の安山岩からなる成層火山で、 主成層火山は緩傾斜の裾野と急峻な山体上部とからなり、 頂上部に直径800mの破壊された火口があり、それを埋めて現在の岩木山山頂など2個の溶岩ドームを生じました。 西・南麓に3個の側火山があり、山頂部や山腹斜面に多数の爆裂火口があります。 山頂北東側の赤倉沢の馬蹄形火口は大規模な山体崩壊の跡で、北東山麓の岩屑なだれ堆積物には多数の流れ山地形があります。 有史以降の噴火は水蒸気噴火で、 泥流を生じやすいものです。 北東約10㎞の一帯でしばしば群発地震が発生します。山頂は三つの峰にわかれており、弘前側からみた右が巌鬼山(岩鬼山)、左が鳥海山とされるが、これらは火山活動により生じた外輪山の一部です。三峰の中心にある岩木山は、鐘状型の中央火口丘であり、山頂に一等三角点が設置されています。

岩木山 有史以降の火山活動

年代現象活動経過・被害状況等
1571(元亀2)年火山活動?2月15~17日。発光
▲1600(慶長5)年中規模:水蒸気噴火、(泥流発生)2月22日、7月23日。火砕物降下、泥流。噴火場所は鳥の海火口。
2月22日火砕物降下、泥流。鳥の海火口爆発、噴石砂。地震、降灰。
7月23日火砕物降下、泥流。地震、降灰。(VEI3)
1605(慶長10)年火山活動?4月10日。発光
▲1618(元和4)年水蒸気噴火1月31日。火砕物降下。降灰。
1672(寛文12)年地震6月27日、7月28日。地震による山崩れ。
1686(貞享3)年火山活動?3月23日。発光。
1770(明和7)年火山活動?2月3日。鳴動、発光。
▲1782~83(天明2~3)年水蒸気噴火11月~6月。火砕物降下。噴火場所は鳥海山頂部火口列。 鳴動、噴石砂、新火口生成。
▲1845(弘化2)年水蒸気噴火?4月4日。噴煙、硫黄噴出。噴火場所は鳥の海火口?。
▲1863(文久3)年小規模:水蒸気噴火3月23日。火砕物降下。噴石。(VEI1)
1970(昭和45)年地震・温泉異常、噴気1月9日。鶴田町付近M4.6。岳温泉で温度上昇、立木の一部枯死。
1972~73 (昭和47~48)年地震11月5日~8月。北東麓、最大M4.1。
1976(昭和51)年地震10月6日。山麓の岳温泉で13:00頃地鳴り。
1977(昭和52)年地震7月10日。6:30から約30分間東山麓で地鳴りを伴う地震群発、有感地震の最多地域は岩木山の東約7kmの弘前市裾野。最大震度は3~4。最大M4.4。
1978(昭和53)年噴気5月6日。赤倉沢で活発な噴気活動を発見。
1985(昭和60)年地震11月。北東山麓で地震多発、最大M3.6。
1986(昭和61)年地震3月2日。南西山麓で地震多発、最大M4.5。
気象庁 「岩木山 有史以降の火山活動」より引用。

岩木山登山コース

1. 岩木山 八合目往復コース 

初級(コースタイム:2時間00分、往復距離:2.3 km、標高差:384m)

岩木山の登山道の内でもっとも手軽なコースです。津軽岩木スカイラインを使って八合目まで車でアクセスし、八合目からはさらにリフトを使ってさらに登山道を短縮する事も可能(リフト九合目-岩木山 往復コース コースタイム:56分、往復距離1.2 km、標高差183 m)です。八合目から登山道を使って高山植物に恵まれた細い道を登って行くとリフト山頂駅との分岐に到着します。ゴロゴロとした大きな岩場が現れると、もう岩木山頂上。すぐ南には安全の鐘が、北東には岩木山神社奥宮が鎮座しています。津軽平野に屹立する独立峰ならではの360度の大展望を楽しめます。下りは往路をそのまま戻ります。

2. 岩木山神社~岩木山~嶽温泉コース

中級 (コースタイム:7時間45分、標高差+1476m、-1195m、移動距離:12.1km)

岩木山神社~(50分)~百沢コース登山口~(60分)~姥石~(50分)~焼止りヒュッテ~(60分)~錫杖清水 ~(30分)~鳳鳴ヒュッテ~(30分)~岩木山~(25分)~鳳鳴ヒュッテ~(10分)~リフト分岐~(25分)~岩木山頂駅~(20分)~巨木の森分岐~(45分)~嶽温泉

3.  赤倉神社~岩木山~赤倉神社コース

中級 (コースタイム:5時間15分、標高差+1326m、-1326m、移動距離:10.6km)

赤倉神社~(30分)~行者小屋~(60分)~伯母石~(45分)~鬼ノ土俵~(50分)~赤倉御殿~(60分)~岩木山~(50分)~赤倉御殿~(40分)~鬼ノ土俵~(30分)~伯母石~(45分)~行者小屋~(25分)~赤倉神社

岩木山神社(いわきやまじんじゃ)

「岩木山神社 鳥居全景」公益社団法人青森県観光連盟提供
「岩木山神社」公益社団法人青森県観光連盟提供

岩木山神社は、青森県弘前市百沢の岩木山の南東麓にある神社で、別称「お岩木さま」、「お山」、「奥日光」です。旧社格は国幣小社で、津軽国一宮とされます。昔から農漁業の守護神として、津軽の開拓の神として、地元の人々の祖霊の鎮まるところとして、親しまれて来ました。なお神社の参道は岩木山の登山道の1つとなっており、岩木山神社の奥宮は岩木山の山頂付近に在ります。社殿は、神仏習合の時代の名残りをとどめ、鎌倉時代以後の密教寺院の構造がみられる中に、桃山時代の様式を思わせる色とりどりの絵様彫刻がみられ、そうした外観が日光の東照宮を思わせるとして、「奥日光」と呼ばれます。祭神は、顕国魂神(うつしくにたまのかみ)-大国主神、多都比姫神(たつびひめのかみ)、宇賀能売神(うかのめのかみ)、大山祇神(おおやまつみのかみ)、坂上刈田麿命(さかのうえのかりたまろのみこと)で、以上をまとめて岩木山大神(いわきやまおおかみ)と称します。
創建については、最も古い説で宝亀11年(780年)、岩木山の山頂に社殿を造営したのが起源とされます。延暦19年(800年)には、岩木山大神の加護によって東北平定を為し得たとして、坂上田村麻呂が山頂に社殿を再建し、その後、十腰内地区に下居宮(おりいのみや=麓宮、現在の厳鬼山神社)が建立され、山頂の社は奥宮とされました。また、田村麻呂は、父の刈田麿も合祀したとされます。寛治5年(1091年)、神宣により、下居宮を十腰内地区から岩木山東南麓の百沢地区に遷座し、百沢寺(ひゃくたくじ)と称したのが現在の岩木山神社となっています。岩木山の山頂に阿弥陀・薬師・観音の3つの堂があり、真言宗百沢寺岩木山三所大権現と称して、付近の地頭や領主等に広く信仰されました。天正17年(1589年)岩木山の噴火により、当時の百沢寺は全焼しましたが、慶長8年(1603年)津軽為信により再建が始まり、その後も信牧・信義・信政らの寄進により再建が行われました。本殿、奥門、それに続く瑞垣は、下居宮と称され、江戸時代には津軽藩の総鎮守とされました。明治の神仏分離により寺院を廃止、津軽総鎮守・岩木山神社とされ、明治6年(1873年)、国幣小社に列格されました。

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