蔵王温泉(ざおうおんせん)

蔵王温泉は、山形県山形市南東部、蔵王連峰の西麓に在る温泉

画像はじゃらんの「蔵王温泉」より引用。

じゃらん 蔵王温泉

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蔵王温泉へのアクセス

鉄道経由 : JR山形駅からバスで約40~45分、終点下車1~10分など。

車 : 山形道の山形蔵王I.Cから車で約30分。

蔵王温泉の概要

蔵王温泉は、山形県山形市南東部、蔵王連峰の西麓に在る温泉です。「最上(蔵王)高湯」と呼ばれ、同じ山形県内の白布温泉、福島県の高湯温泉と共に奥羽三高湯の一つに数えられます。標高880mに位置する実際の高湯です。掲示用泉質は硫黄泉で、肌を白くする効能から「姫の湯」の異名もあります。温泉街にそって酢川が流れ、上流には温泉を祀った酢川温泉神社が在ります。酢川温泉神社は蔵王温泉街の高湯通りより続く急な上り参道の上にまつられています。清和天皇「三代実録」のくだりに、「出羽国六位上酢川温泉神従五位下」とある由緒ある神社です。温泉街には、上湯(かみゆ)、下湯(しもゆ)、川原湯と3つの共同浴場があります。いずれも大人200円、子供100円の入浴料を料金箱にいれて利用するシステムで、午前6時から午後10時に入浴できます。

国内有数の規模を誇る蔵王温泉スキー場が併設され、冬季は国内外のスキー客などで賑わっています。1958年(S33)に国民保養温泉地に指定されました。温泉街にはいくつかの共同浴場や日帰り入浴施設があります。蔵王温泉スキー場にも隣接するため、数十件の旅館やホテルが建ち並び、その数は企業の保養所まで含めて120軒を越えます。近年は、高原保養地して施設拡充され、さらに山形蔵王温泉スキー場の大型化も行われ、東北地方を代表する山岳リゾートとなりました。

蔵王温泉の歴史は古く西暦110年頃まで遡ります。天皇の命を受けた日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が蝦夷討伐に来た際、家臣の吉備多賀由(キビノタガユ)は戦いの中で毒矢に当たり全身がただれて大変苦しんでいたところ、霊妙な香りで酢のような味のする湯を見つけ、湯浴みをしたところ数日で回復した。以後、発見した多賀由にあやかり「多賀湯温泉」と呼ぶようになり、転じて何時しか「高湯温泉」(標準語・共通語:たかゆ、山形弁:たがゆ)と呼ばれるようになったといわれます。

泉質等

酸性・含硫黄-硫酸塩・塩化物温泉(一部含鉄あり)・旧泉質:含硫化水素強酸性明礬緑礬泉、硫黄泉など。ほとんどの宿が源泉掛け流し。5つの源泉群から自然湧出し、47本の源泉が51軒の施設(8箇所の日帰り入浴施設を含む)に利用されています。湧出量は8700ton/日、約5,700ℓ/min 、源泉温度は45℃ ~ 66℃、ph1.25~1.6。湯色は主に乳白色、強硫化水素臭。

適応症

浴用 きりきず、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、糖尿病、高血圧症、動脈硬化症、神経症、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、疲労回復、健康増進

飲用 不可

酢川神社(すかわじんじゃ)

「蔵王温泉 酢川神社」山形県公式観光サイトより引用。

蔵王連峰(ざおうれんぽう)

「蔵王連峰」
「蔵王 御釜」

蔵王連峰は、東北地方の中央を南北に連なる奥羽山脈の中の、宮城県と山形県の両県南部の県境に位置する連峰です。奥羽山脈において時と場所を移しながら次々と繰り返された火山活動によって形成された複合火山群です。玄武岩~安山岩の成層火山群です。約100~70万年前には玄武岩質マグマの活動が水中で起こり、30万年間ほどの休止期を挟んで、約40~10万年前には安山岩質の溶岩流が複数の噴出口から多数流出し、山体の上部を形成する熊野岳(くまのだけ、最高峰)・刈田岳(かっただけ)などが形成されて現在の山容の骨格が形成されました。その後約3万年前に山頂部に直径2km程度のカルデラが形成されると、同時に玄武岩質安山岩マグマの爆発的な活動が開始されそれは断続的に現在まで続いています。五色岳は上記カルデラの中に生じた後カルデラ火砕丘で約2千年前から活動を続けており、火口湖御釜(直径360m、別名五色沼)が今も存在します。有史以降も主に御釜を噴出口とする数多くの活動が記録されていますが、被害を伴った噴火は御釜の内外で発生しています。噴火に伴い泥流を発生することが多くあります。御釜の北東の新噴気孔など数地域に噴気孔が存在します。気象庁の常時観測火山に指定されています。

熊野岳(山形県上山市)を最高峰とする蔵王連峰は、「蔵王国定公園」の一部にもなっています。火口湖である「御釜(おかま)」(宮城県川崎町・蔵王町)は蔵王の代名詞とも言える存在です。晴れた日は、湖面がエメラルドグリーンに輝き、神秘的な雰囲気に包まれます。アクセス道の蔵王エコーラインは、4月下旬~5月中旬まで雪の回廊をドライブできます。開通前の限定期間には、残雪の残る白いお釜の鑑賞ツアーも実施しています。裾野には温泉やスキー場があり、両県における主要観光地の1つです。
蔵王連峰は山々の集まりの総称であり、蔵王山という単独峰があるわけではありません。蔵王連峰の中で、宮城県側の部分が「宮城蔵王」、山形県側の部分が「山形蔵王」とも呼ばれます。また、蔵王連峰を北蔵王、南蔵王の二つに分ける区分や、御釜などがある部分を中央蔵王として、その東西南北を東蔵王、西蔵王、南蔵王、北蔵王の五つに区分する見方もあります。蔵王山の名称は、蔵王権現がこの山に祀られた事に由来します。

蔵王連峰は宮城県白石市、七ヶ宿町、蔵王町、川崎町、山形県山形市、上山市の広範に跨っています。蔵王連峰の主峰として、山形県側の熊野岳(標高1,840メートル)、県境の刈田岳(1,758メートル)、宮城県側の屏風岳(1,825メートル)[注 6]がある。これらの他に蔵王連峰を構成する主な山として、五色岳(1,672メートル)、杉ヶ峰(1,745メートル)、不忘山(1,705メートル)、名号峰(1,491メートル)、地蔵山(1,736メートル)、三宝荒神山(1,703メートル)、瀧山(1,362メートル)、雁戸山(1,484メートル)、鳥兜山(1,387メートル)、横倉山(1,152メートル)、青麻山(799メートル)、後烏帽子岳(1,681メートル)、前烏帽子岳(1,432メートル)、馬ノ神岳(1,551メートル)が在ります。熊野岳から刈田岳の間の尾根は馬の背と呼ばれます。これらの多くの山々は、北東から南西方向へ、または北西から南東方向へ連なっており、X字を描くように馬の背付近で交差しています。このうち、北東から南西方向に連なる山々が宮城県と山形県の県境で、日本列島における中央分水界です。北西から南東に連なる山々は両県にそれぞれ飛び出している部分です。蔵王連峰から流れ出る河川に三途川が在ります。三途川は蔵王連峰の宮城県側の中腹にある高原「賽の河原(賽の磧)」を通って流れます。

蔵王連峰は古くは刈田嶺、不忘山(わすれずのやま)と呼ばれました。刈田嶺の文献上の初出は平安時代の歴史書『続日本後紀』の承和11年8月17日の条です。不忘山は歌に見られる。平安時代の和歌集『古今和歌六帖』に、「みちのくに あぶくまがはの あなたにや 人わすれずの 山はさかしき」という歌があります。また『枕草子』の第13段「山は」の部分にわすれずの山が書かれています。ただし、歴史的な文献に表れる蔵王関係の山が現在のどの山に相当するのかは確定し難く、明治の初め頃の文献においても、蔵王嶽、不忘山、刈田嶽と表記の揺れが見られました。現在、不忘山と呼ばれる山は、かつては南森、御前岳と呼ばれていました。

蔵王山 有史以降の火山活動

有史以降の火山活動(▲は噴火年を示す)

年代現象活動経過・被害状況等
▲773(宝亀4)年噴火噴火場所は刈田岳?
▲8~13世紀のいずれか中規模:水蒸気噴火?→マグマ噴火火砕物降下。噴火場所は五色岳。複数回噴火。マグマ噴出量は0.026 DRE km3。(VEI3)
▲1183(寿永2)年噴火5月21日。噴火場所は五色岳(御釜)。
▲1227(安貞元)年噴火10月または11月。火砕物降下。
▲1230(寛喜2)年噴火11月22日。火砕物降下。噴石により人畜に被害多数。
▲12~13世紀中規模:水蒸気噴火?→マグマ噴火Z-To11噴火:火砕物降下。噴火場所は五色岳。マグマ噴出量は0.0053 DRE km3。(VEI3)
1331~1333(元弘元~元弘3)年噴煙?詳細不明。
1350(観応年間)年頃噴煙?詳細不明。
▲12~15世紀のいずれか中規模:水蒸気噴火?→マグマ噴火Z-To12噴火:火砕物降下。噴火場所は五色岳。マグマ噴出量は0.014 DRE km3。(VEI3)
▲12~15世紀のいずれか中規模:水蒸気噴火?→マグマ噴火Z-To13噴火:火砕物降下。噴火場所は五色岳。マグマ噴出量は0.006 DRE km3。(VEI3)
▲1620(元和6年)噴火噴火場所は五色岳(御釜)?
▲1622(元和8年)噴火詳細不明。
▲1623~24(元和9~寛永元)年噴火5月15日~11月15日。火砕物降下。鳴動、噴石、降灰。
▲16~17世紀水蒸気噴火?→マグマ噴火火砕物降下。噴火場所は五色岳。マグマ噴出量は0.011 DRE km3。(VEI3)
1625(寛永2)年鳴動?詳細不明。
1626(寛永3)年鳴動?詳細不明。
▲1630(寛永7)年噴火詳細不明。
▲1641(寛永18)年噴火詳細不明。
▲1668(寛文8)年噴火8月。
▲1669(寛文9)年噴火火砕物降下。降灰。
▲1670(寛文10)年噴火火砕物降下。4月26日より噴煙、9月26日遠方まで降灰。
▲1694(元禄7)年中規模:水蒸気噴火?5月29日。噴火場所は五色岳(御釜)?神社焼失。8月30日地震、河川毒水化、川魚死ぬ。(VEI3)
▲1794(寛政6)年水蒸気噴火?9月22日~12月頃。火砕物降下。噴火場所は五色岳(御釜南東に9つの火口生成)。
▲1796(寛政8)年噴火3月24日。
▲1804(文化元)年噴火詳細不明。
▲1806(文化3)年噴火7月12日。
▲1809(文化6)年水蒸気噴火?12月29日。噴火場所は五色岳(御釜)。6月から活動を始め、12月29日に爆発。硫黄流入し、川魚被害。
▲1821(文政3)年噴火1月27日。噴火場所は五色岳(御釜)? 鳴動、御釜の濁水沸騰、濁川増水し、硫黄堆積。
▲1822(文政4)年噴火5月1日。
▲1830(天保元)年噴火詳細不明。
▲1831(天保2)年噴火11月22日。
▲1833(天保4)年噴火火砕物降下。噴火場所は五色岳(御釜)。たびたび噴火、降灰、御釜沸騰。
▲1867(慶応3)年水蒸気噴火?10月21日。噴火場所は五色岳(御釜)?鳴動、御釜沸騰、硫黄混じりの泥水が増水し、洪水を起こし死者3名。
▲1873(明治6)年噴火8~9月。噴火場所は五色岳(御釜)?
▲1894(明治27)年噴火3月頃から噴煙、7月3日噴火。7月には降灰。8~10月湯の噴出。
▲1895(明治28)年小規模:水蒸気噴火2月~9月。火砕物降下 噴火場所は五色岳(御釜)。2月12日頃から火口付近に有感地震、2月15日に爆発し、鳴動、白煙。御釜沸騰し、川魚被害。19日にも爆発、鳴動、御釜の沸騰、河川増水。有毒ガス発生。3月22日にも白石川の洪水。(VEI0) 8月22日、9月27~28日。火砕物降下、火砕サージ。噴火場所は五色岳(御釜)。8月22日降灰。9月27、28日爆発、降灰。(VEI1)
1896(明治29)年噴煙3月8日、噴煙。8月、御釜にて水蒸気上昇。9月1日、御釜の水氾濫。
1897(明治30)年噴煙、鳴動1月14日。
1918(大正7)年噴火?御釜沸騰。
1923(大正12)年噴気8月。御釜の湖心からガス噴出強まる(その後次第に弱まり1928年に止む)。
1935(昭和10)年地震、鳴動6月下旬。渡瀬を中心とする10km内外で、地震群発及び鳴動。
1939(昭和14)年湖水変色、温泉異常7月、御釜の水が変色し泡立つ。11月、湖面から湯気が上がる。
▲1940(昭和15)年小規模:水蒸気噴火4月16日。火砕物降下。噴火場所は御釜北東鳥地獄。新噴気孔生成。(VEI1)
1949(昭和24)年噴気丸山沢噴気孔の噴気活動が活発になる。
1962(昭和37)年地震・噴気8月19~20日。20数回鳴動、地震群発、噴気活発。
1966(昭和41)年噴気、温泉異常振子沢付近に噴気地帯の出現と数箇所の新温泉が噴出。
1971(昭和46)年鳴動10月4日。
1972(昭和47)年鳴動5月14日、28日、29日。
1984(昭和59)年地震7月8日~9月頃。熊野岳の南東約5㎞付近で地震群発。
1990(平成2)年地震7月14日~15日。御釜から刈田岳付近で地震群発。
1992(平成4)年地震2月22日。不忘山西方付近で地震多発。9月1日。山頂付近で地震多発。
1995(平成7)年地震4月。不忘山付近。12月熊野岳の北西約10kmで地震多発。12月。北西山麓。熊野岳の北西約10㎞付近で地震多発。
2013(平成25)年地震・火山性微動1月に火山性微動を初めて観測。年内に14回の微動が発生した他、低周波地震を含む地震回数も増加。
気象庁HP「蔵王山 有史以降の火山活動」より引用。

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