別所温泉(べっしよおんせん)

別所温泉は長野県上田市別所温泉(上田市街地南西)の、標高約570mの湯川沿いに在る温泉

別所温泉へのアクセス
鉄道経由 : JR北陸新幹線から上田駅にて上田電鉄別所線に乗り換えて30分、終点別所温泉駅下車。東京駅からは延べ2時間弱。
車 : 上信越自動車道の上田菅平I.CよりR143など経由で20から24km、約30~35分。練馬I.Cからは延べ190km、約3時間。
別所温泉の概要
別所温泉は長野県上田市別所温泉(上田市街地南西)の、標高約570mの湯川沿いに在る温泉です。開湯時期は不明ですが「日本最古の温泉」・「信州最古の温泉」の一つとして知られ、古くから存在していたものと見られます。北向観音を中心として長楽・安楽・常楽のいわゆる三ヶ寺ができ、別所は仏教・学問の中心地ともなりました。多くの「国宝」・「重要文化財」級の文化遺産が残され、”文化財の宝庫”、「信州の鎌倉」 として全国に知られるようになりました。周辺には山菜や松茸を産する山林が多数あり、通年営業の料亭や信州上小森林組合直営の食事処(別所温泉森林公園内)の他、秋には「松茸小屋」と呼ばれる松茸料理を提供する季節営業の専門店が山林内に設けられます。
伝説では、景行天皇の時代、日本武尊の東征の折りに発見されたといわれています。または平安時代(794年-1185年)中期の女流作家、清少納言によって書かれた「枕草子」にある「湯は七久里の湯、有馬の湯、玉造の湯」という一節の中の「七久里の湯」が起源ではないかという説もあります。「別所」という地名が初めて歴史に登場するのは13世紀であり、その由来は「将軍塚」で有名な平維茂(たいら の これもち)が戸隠の「活鬼紅葉」という鬼女の退治を北向観音に祈願して首尾よく退治に成功したため、この地に「別業」(現代の別荘に相当するもの)を建て、別所と呼んだところから来ているといわれています。12世紀に入ると別所は木曽義仲(源 義仲)信州を平定するために派遣した軍勢によって火を放たれ、多くの寺院建築が灰になってしまいましたが、大悲殿ならびに安楽寺の八角三重の塔だけは焼失をまぬがれました。その後、焼失した別所の寺院は源頼朝、次いでに塩田北条氏によって再建されることとなりました。そして、この塩田北条氏の下でこの地は多いに栄えました。別所を含む塩田平が「信州の鎌倉」と称されたのはこのためです。近隣には国宝や重要文化財をはじめ数多くの文化財が点在しており、四季折々に古都の風情を楽しみながら散策が出来ます。
北向観音=きたむきかんのん(天台宗)
厄除観音として知られる「北向観音堂」は、平安時代初期の天長2年(825年)比叡山延暦寺座主慈覚大師円仁により開創された霊場です。安楽寺は禅宗としては、鎌倉の建長寺などと並んで日本では最も古い臨済禅宗寺院の一つです。天正十六年(1588)ころ、高山順京が曹洞宗に改めました。
国宝 八角三重塔(安楽寺/日本最古の禅宗様建築)
木造八角三重塔は、木造の八角塔としては全国で一つしかないという貴重な建築で、昭和27年3月29日、文化財保護法の規定により長野県では一番早く国宝に指定されました。
重文 樵谷惟仙和尚像(しょうこく・いせんおしょう/安楽寺)
惟仙(いせん)は樵谷(しょうこく)と号した禅草で、木曽原氏の出自といわれています。鎌倉時代の中期、宋に渡って修学し寛元4年(1246年、鎌倉時代)鎌倉建長寺開山蘭渓道隆と同船帰朝して後、安楽寺を開きました。
別所温泉の泉質等と適応症
泉質等
源泉名:4号源泉(源泉数2)、単純硫黄泉、pH8.7、弱アルカリ性源泉温度50.6℃、湧出量 不明(掘削自噴)、源泉掛け流し在り。ほとんど無色澄明、無味、強硫化水素臭。
適応症
浴用 慢性皮膚病、慢性婦人病、きりきず、糖尿病
飲用 糖尿病、痛風、便秘


