鰻温泉(うなぎおんせん)

じゃらん「鰻温泉」

鰻温泉は、鹿児島県指宿市山川成川、開聞岳の北東、池田湖東隣、鰻池の北東畔に在る温泉

画像はじゃらんの「鰻温泉」より引用。

じゃらん 鰻池

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鰻温泉へのアクセス

鉄道経由 : JR指宿枕崎線、指宿駅からタクシーで約15分。または山川駅からタクシーで約10分。

車 : 鹿児島駅からR226などで55km、約1時間半。

鰻温泉の概要

鰻温泉は、鹿児島県指宿市山川成川、開聞岳の北東、池田湖東隣、鰻池の北東畔に在る温泉です。小さな集落の中に「区営鰻温泉(6517番地)」と「民宿うなぎ湖畔(6526番地)」が在ります。噴気活動が盛んで高温の噴気を利用したスメと呼ばれる蒸し器が各戸に有り炊事に利用されています。江戸時代後期の地誌『三国名勝図会』に記載されており、西郷隆盛も愛好したと伝わります。1874年(M7)には一ヶ月間ほど滞在し、記念に残された襦袢が今も保管されています。1901年(M34)三月に公衆浴場が開設されました。
2017年5月30日から連れと鹿児島へ行った際に立ち寄りました。鹿児島に入った当日はレンタカーで霧島神宮と新湯温泉の新燃荘へ寄ってから市内のホテルに泊まりました。翌31日は早朝に起き、7-11でおにぎりとお茶を仕入れてからレンタカーで開聞岳へ向かいました。国道225号線から226号線を経由して8時頃には麓の駐車場に到着し、車を止めて山頂を目指しました。開聞岳は薩摩半島の最南端に在る標高924mの山です。螺旋状の登山道は初めはなだらかで快適ですが、頂上が近づくにつれ(9合目から)徐々に岩場の急登になりはしごも有って中々ハードでした。11時には登頂して水分補給と写真撮影をして少し休憩し、昼過ぎには同じ道で下山。レンタカーで昼食を摂り、売店でアイスクリームを買って食べてから思い立ち、着替えは忘れたのですが汗を流してサッパリしたいと思い立ち、途中で麓の枚聞神社(ヒラキキジンジャ)を参拝して連れが御朱印を頂いた後で、近くの「区営鰻温泉」に立ち寄りました。池田湖の先の鰻池のほとりにある、西郷さんゆかりの鄙びた温泉です。二軒有る内の奥の村営温泉の駐車場は4台分位しか有りません。建物正面左側の窓口で当時400円(大人一人200円)を支払い、連れと別れて男湯に入ると、小さい銭湯の様な脱衣所が有り一応ロッカーも有ります。浴室に入ると男湯は私と地元の若者の二人だけ。浴室の大きくはない湯舟には僅かに黄みがかった透明なお湯が掛け流がされ、仄かに硫黄の臭いが漂い硫黄泉と分かります。源泉温度は88.8℃ですが加水されて、あっさりとした入りやすいお湯です。地元の若い男性が先客の若い男性が「こんにちは~。」と挨拶をしてくれました。30分程で上がって出ると、連れが温泉玉子を頼んで待っていました。そう言えば回りの家々の至る所で湯気が上がっていました。銭湯のような雰囲気の温泉で熱めのお湯にのんびりと浸かることが出来て幸運でした。湯上りには窓口にお願いして温泉卵(当時5個¥200)を少し待って作ってもらい、連れとベンチで頬ばりました。入浴前に頼んでおくのが良いと思います。

鰻温泉の泉質等と適応症

泉質等

源泉名:鰻1号及び2号混合、泉質:単純硫黄泉、旧泉質:硫化水素塩泉、pH6.8、低張性アルカリ性高温泉、源泉温度97.2℃。湧出量-ℓ/min、加水、源泉掛け流し。淡黄色透明、無味、硫化水素臭。

適応症 

浴用 慢性皮膚病、慢性婦人病、きりきず、糖尿病

飲用 不可

開聞岳

開聞岳
開聞岳山頂より枕崎方面

枚聞神社(ヒラキキジンジャ)

「枚聞神社」いぶすき観光ネットより引用。

枚聞神社は、指宿市開聞十町1366、開聞岳の北麓に在る神社です。社伝によれば神代の創祀で、貞観二年三月、薩摩国従五位下開聞神加従四位下と三代実録に載せられており、他数度の神位昇叙の事が記されています。貞観十六年(874年)七月には開聞神山の大噴火(仁和元年(885年)にも噴火)の状態を太宰府から報告して、神意を和める為勅令により封戸二千を奉られたと記載が在ります。延喜式には薩摩国頴娃郡枚聞神社と今の枚聞の文字を用い、加紫久利神社と共に薩摩国式内社の一社として記載されています。古来薩摩国一宮として代々朝廷の尊崇が厚く度々奉幣を受けています。更に、島津氏入国した後はその崇敬は愈々勝り、正治二年社殿再興以来、歴代藩主の修理、改造、再建等十数度に及び、元亀二年頴娃領主家の内乱に依り千九百余町の神領を失ないましたが、天正二十年九月には島津家より改めて田畠合計二十四町歩を寄進され、旧藩時代は別当寺瑞応院と共に祭祀を営んで来ました。また琉球人の崇敬も厚く、琉球王の名によって航海安全の神徳を奉謝して献納された額面が保存されています。明治四年五月には国幣小社になり、現在は薩摩国一宮として近隣住民や観光客から参拝されています。

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