戸倉上山田温泉(とぐらかみやまだおんせん)

戸倉上山田温泉 「湯元 上山田ホテル」

戸倉上山田温泉は、長野県千曲市上山田温泉・戸倉温泉に在る、千曲川の流れに沿うように両岸に広がる温泉

画像はじゃらんの戸倉上山田温泉 「湯元 上山田ホテル」より引用。

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戸倉上山田温泉へのアクセス

鉄道経由 : しなの鉄道戸倉駅よりタクシーで約10分。

車 : 上信越の道坂城I.CからR18経由15分。

戸倉上山田温泉の概要

戸倉上山田温泉は、長野県千曲市上山田温泉・戸倉温泉に在る、千曲川の流れに沿うように両岸に広がる温泉です。千曲川左岸の戸倉温泉と上山田温泉および右岸の新戸倉温泉を総称して信州戸倉上山田温泉と呼びます。
大正橋が出来る前は渡船で千曲川を渡っていました。戸倉村には江戸期には北国街道の宿場がありましたが、1888年(明治21年)に信越線が開通すると、隣村の坂城は停車場が設けられて旅客や集荷で賑わうのに対し戸倉村には停車場が出来ず、戸倉の衰退に危機感を抱いた戸長の坂井量之助(坂井家は江戸時代から続く下戸倉宿の名主で本人は貴族院議院互選人)によって温泉掘削が発案されました。元々千曲川の河川敷に湧き湯があることが知られており、1893年(明治26年)に戸倉温泉、続いて上山田温泉が開湯され、善光寺参りの精進落としの湯として賑わいました。ところが戸倉温泉は千曲川の中洲にあり、例年千曲川の水害に見舞われ、1902年(M35)には旅館設備が全て流失して右岸への移転を余儀なくされました。その後築堤が進み、1916年(T5)に現在の左岸へ移されて温泉施設の整備が進み、大正後期には現在の温泉街・繁華街が成立しました。戦後間もないころは傷病兵の湯治場となり、最盛期の昭和後期には企業の団体客など年間130万人以上の観光客が訪れ、300人以上の芸妓が在籍したそうです。戸倉温泉・笹屋ホテルの別館「豊年虫」は国の登録有形文化財で、フランク・ロイド・ライトに師事した遠藤新の設計による数寄屋造り建築の代表的建造物です。温泉街には花町通りや新世界通りなどの遊興歓楽街が残り、現在も多数の芸妓が在籍しているようです。
千曲川左岸には、かめ乃湯、つるの湯、瑞祥があり、右岸には、万葉超音波温泉、戸倉観世温泉、戸倉国民温泉、戸倉メリーランド白鳥園が在ります。かめ乃湯・つるの湯は、昔ながらの共同浴場でしたが、リニューアルにより新しい施設になりました。万葉超音波温泉、戸倉観世温泉、戸倉国民温泉は温泉銭湯です。夏には千曲川河川敷で花火大会が行われます。

戸倉上山田温泉の泉質等と適応症

泉質等

泉質:アルカリ性単純硫黄泉、pH8.6。源泉温度25℃~60℃、稼働源泉数18。総湧出量8,332ℓ/min、源泉掛け流し在り。ほとんど無色澄明、強硫黄味、硫化水素臭。

適応症

浴用 アトピー性皮膚炎・尋常性乾癬・慢性湿疹・表皮化膿症・末梢循環障害

飲用 糖尿病・痛風・便秘

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