城崎温泉(きのさきおんせん)

城崎温泉は、兵庫県豊岡市城崎町、丸山川支流の大谿川沿いに在る温泉

城崎温泉へのアクセス
鉄道経由 : JR山陰本線城崎温泉駅下車すぐ。
バス : 大阪(梅田)・神戸(三宮)から全但特急バスで城崎温泉駅または城崎温泉下車。
車 : 北近畿豊岡自動車道の日高神鍋高原I.CよりR312、県道3号豊岡瀬戸線などを経由。
城崎温泉の概要
城崎温泉は、兵庫県豊岡市城崎町、丸山川支流の大谿川沿いに在る温泉です。現在全ての源泉は1972年に作られた集中配湯管理施設に集められて平均温度を57度に安定させてから配管を通じて各外湯・旅館に送られており、泉質の差も有りません。基本的に七つの外湯(一の湯、御所の湯、まんだら湯、さとの湯、柳湯、地蔵湯、鴻の湯)巡りが主体の温泉です。源泉掛け流し在り。その筆頭「一の湯」は、元々「新湯(あらゆ)」と呼ばれていましたが、江戸時代中期の漢方医、香川修徳(香川修庵)が泉質を絶賛し、「海内一」の意味を込めて一の湯に改名したものです。
城崎温泉駅前から七つの外湯につながる大谿川沿いの道に温泉街が形成され、川柳が風情が旅情を誘います。知名度とアクセスの良さにも拘わらず歓楽色の無い閑静な佇まいが特徴です。開湯は1,300年前、奈良時代の720年(養老4年)に温泉寺開山の祖でもある道智上人の「まんだら湯」発見に遡りますが、飛鳥時代の「鴻の湯」の伝説もあります。江戸時代の城崎温泉はすでに遊技場のほか、食べ物屋は鍋焼き、ぜんざい、うどん、そばなどがある。果物、魚、鳥も各地から運ばれ、貸し物屋では三味線、すごろく、碁、琵琶、琴、さらに、槍や刀まで貸してくれて何でも揃い、客が帰るのを忘れるほどもてなしたといいます。また近郊の藩主や藩士が多数訪れ賑わいました。江戸時代の温泉番付では西の大関の有馬温泉に次いで西の関脇に入りました。明治以後も文人墨客に愛され、『城の崎にて』を書いた志賀直哉、作家・有島武郎をはじめとする多数の文豪が来訪しました。1925年(大正14年)の北但馬地震で街が全焼した後、「三木屋旅館」(『城の崎にて』ゆかりの宿)が掘り当てていた源泉を利用して1927年(昭和2年)に内湯を新設したところ町内で問題が勃発し、戦後まで尾を引く裁判沙汰になりました。内湯の規模を制限し広い浴場を希望の客は従来通り外湯に通う策と「温泉集中配湯管理施設」は、こうした問題の末に辿り着いた形態とも言えます。
城崎を訪れた有名人は、有島武郎、泉鏡花、京極杞陽、斎藤茂吉、志賀直哉、白鳥省吾、柴野栗山、司馬遼太郎、島崎藤村、沢庵、田中冬二、徳富蘇峰、山口誓子、吉井勇、徳富蘆花、富田砕花、日野草城、藤原兼輔、前川佐美雄、向井去来、柳田國男、吉田兼好、与謝野晶子、与謝野鉄幹、野々村竜太郎(元兵庫県議会議員)、高嶋ひでたけ(敬称略)などです。
城崎温泉の泉質等と適応症
泉質等
源泉数5、泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物泉、掲示用泉質:食塩泉、pH7、中性、源泉温度37~83℃、無色透明、微塩味、無臭。
効能:神経痛、筋肉痛、関節痛、疲労回復、冷え性、打ち身、慢性消化器病、痔病など
適応症
浴用
飲用 萎縮性胃炎、便秘(飲泉場でのみ可)


